70代の母に異変を感じ始めたのは、ある年の盆休みのことでした。大好きだった煮物の味付けが突然変わってしまい、指摘すると「そんなはずはない」と激しく怒り出したのです。その後も、何度も同じ電話をかけてきたり、通帳を隠しては「盗まれた」と騒いだりする日々が続きました。私は「何かがおかしい」と確信し、母を連れて病院へ行くことを決意しましたが、何科を受診させるべきか非常に悩みました。最終的に私が選んだのは、地域の中核病院にある「もの忘れ外来」でした。この選択は、母のように身体的な不調よりも精神的な混乱が先行しているケースには最適だったと感じています。受診当日は、母を怒らせないよう「最近眠れないと言っていたから、健康診断に行こう」と優しく誘い出しました。最初のステップは、看護師さんや臨床心理士さんによる事前問診でした。ここでは私だけが別室に呼ばれ、母の日常の様子を時系列で詳しく聞かれました。医師の前では取り繕ってしまう本人に代わって、家族がリアルな事実を伝えるこの時間は、正確な診断に不可欠なプロセスでした。次に母本人の診察が始まりました。長谷川式簡易知能評価スケールといった質問形式のテストが行われ、その後、MRI(磁気共鳴画像)による脳の撮影が実施されました。母は「クイズをさせられた」と笑っていましたが、検査室から出てきた画像には、記憶を司る海馬という部位の明確な萎縮が写し出されていました。診断は「アルツハイマー型認知症の初期段階」。医師は母の目を見て、これまでの頑張りを労いながら、これからの生活で気をつけるべきこと、そして進行を遅らせるための薬について丁寧に説明してくれました。母はショックを受けているようでしたが、病名がついたことで、それまで漠然と抱いていた「自分がダメになっていく不安」の正体が分かり、どこか吹っ切れたような表情も見せました。病院での支払いは検査費用を含めて1万円前後(3割負担)でしたが、その金額で手に入れたのは、母の将来を守るための具体的なロードマップでした。もしあの時、何科に行くべきか迷い続けて放置していたら、私は母を「わがままな老人」として憎んでしまっていたかもしれません。受診したことで、私たちは母の行動を「病気の症状」として客観的に捉えられるようになり、家族の絆を取り戻すことができました。もの忘れ外来は、単に病気を診断する場所ではなく、これからの家族の歩み方を調律してくれる場所でした。あの日、勇気を出して予約の電話を入れた自分を、今は褒めてあげたいと思っています。
もの忘れ外来を受診した私の家族の記録と診察の流れ