大人の精神科診療や神経内科の現場において、胎児性アルコール症候群(FASD)の診断は極めて難易度が高いとされています。その最大の理由は、乳幼児期には明瞭であった顔貌的特徴が、成長とともに骨格の変化や肉付きによって「ぼやけてしまう」ことにあります。今回は、数多くの成人症例を診てきた専門医、佐藤教授(仮名)に、大人のFAS診断における顔の細かなチェックポイントについて話を伺いました。教授によれば、成人の診察で最も注視すべきは「静止画ではなく動画としての顔」だと言います。「大人のFAS当事者は、表情の動きに独特のぎこちなさがあったり、感情と表情が微妙に乖離していたりすることがあります。しかし、物理的な指標としては、やはり上唇の薄さと人中の平坦さが黄金律(ゴールドスタンダード)です」と佐藤教授は語ります。特に大人の男性の場合、髭で口元を隠していることが多いため、診断の際には丁寧に髭の下の皮膚の状態を確認する必要があるそうです。また、教授が指摘する意外なポイントは「鼻の形状」です。FASの成人は、鼻先が上を向いていたり、鼻根部(目と目の間)が極端に低かったりする特徴が残ることが多く、これが中顔面の平坦さと相まって、独特の「幼顔」を作り出します。しかし、これらの特徴は個人の「個性」や「人種的な特徴」として片付けられてしまうことがほとんどです。「診断で大切なのは、顔のパーツ一つひとつではなく、その配置のバランスです。眼裂がわずかに狭く、耳の付着位置が低く、さらに後頭部が絶壁であるといった、微細な異常の積み重ねが重要です」という教授の言葉は、医学的な観察の深さを物語っています。また、インタビューの中で教授は、大人の当事者が直面する「診断の空白」についても警鐘を鳴らしました。多くの医師は、大人の不注意や多動を見ればADHDと診断し、対人関係の難しさを見ればASDと診断しますが、その根底にあるのが妊娠中のアルコール曝露であることを突き止める医師はごく僅かです。「もし患者さんの顔にわずかでもFASの面影があるならば、私たちは母親の飲酒歴というデリケートな問題に踏み込まなければなりません。それは、患者さんの内科的な脆弱性(肝機能や心疾患のリスク)を把握するためにも不可欠だからです」とのこと。顔は、胎児期の脳の形成過程を映し出す「露出した神経系」とも言えます。専門医の確かな眼識によって、顔に刻まれた無言のメッセージを読み解くこと。それが、成人期になってから初めて自分自身の正体に辿り着く患者さんたちを、社会的な孤立から救い出す唯一の道となるのです。
専門医に聞く大人の胎児性アルコール症候群の診断で見逃されがちな顔のサイン