私は30歳を過ぎるまで、自分がなぜこれほどまでに生きづらいのか、その理由が分かりませんでした。仕事でのケアレスミス、感情のコントロールの難しさ、そして何よりも、鏡を見るたびに感じる「自分の顔の違和感」がコンプレックスでした。私の目は人より少し小さく、鼻の下はツルリとしていて、上唇はまるで線のように細い。親戚からは「母親に似ていないね」と言われ続け、どこかで自分は欠陥品なのではないかという漠然とした恐怖を抱えて生きてきました。ある日、インターネットで大人の発達障害について調べていたとき、偶然「胎児性アルコール症候群」という言葉に出会いました。そこに掲載されていた当事者の顔のイラストや写真は、まさに鏡の中の自分そのものでした。震える手で自分の母子手帳を探し出し、古い記憶を辿ると、亡くなった母が妊娠中にもお酒を嗜んでいたという話を叔母から聞いたことを思い出しました。私は勇気を出して、成人向けの専門外来を受診しました。医師は私の顔を丁寧に診察し、心理検査の結果と照らし合わせて、「あなたの特徴は胎児期のアルコール曝露による影響の可能性が極めて高い」と告げました。その瞬間、私はショックを受けるどころか、目の前がパッと明るくなったような感覚を覚えました。それまで自分の性格や努力不足だと思っていた不器用さが、実は生まれる前からの身体的な特性であったことが証明されたからです。私の顔に刻まれた「平らな人中」や「短い眼裂」は、私が母親のお腹の中で必死に生き抜こうとした証しなのだと思えるようになりました。大人のFASという診断を受けてから、私は自分の顔を隠すのをやめました。もちろん、外見的な特徴をカバーするためにメイクを工夫したりもしますが、それは「自分を偽るため」ではなく「今の自分を美しく整えるため」の前向きな行為に変わりました。また、脳の特性についても、メモを取る習慣を徹底したり、刺激の多い場所を避けたりすることで、少しずつ社会生活との折り合いをつけられるようになりました。自分の顔にある特徴を「障害の印」として忌み嫌うのではなく、「自分の歴史」として受け入れること。この和解こそが、私が30年かけて辿り着いた本当の救いでした。大人のFASを抱える当事者は、世間が思う以上に孤独です。外見から受ける偏見や、内面的な困難を理解してもらえない苦しみ。しかし、まずは自分自身が自分の顔を許し、慈しむことから全てが始まります。私のこの記録が、今この瞬間も鏡の前で自分を責めている誰かの、小さな希望の光になることを願ってやみません。